「橋のない川」という住井すゑの小説がある。私が学生の頃、バイト先(代行運転)のおやじさんが休憩時間に、松木君は土木工学科なのか、それなら「橋のない川」という小説を読んでみて。土木工学と直接関係しないけどね、と言われ、なんか変わった薦め方だなあといぶかりながら本屋で買って読んだ。
大きな衝撃だった。
小説の舞台は明治期の奈良の田舎である。貧困や部落差別といった旧体質の地方の暗い生活を底流に描きつつ、主人公の孝二(小学生)の心の美しさがキラキラ光るシーンもたくさんあって私は相当のめり込んだ。それほど魅力的な作品だった。
物語では、孝二たちの住む地区が川の向こうの「部落」として嫌忌されていてそこの子どもたちも差別されている。孝二たちは毎朝橋を渡って小学校に通うのだが、物理的に橋があっても人々の心に障壁があるため、橋がないと、そのタイトルに表現されているのだった(と思う)。
土木工学科の授業に、橋梁工学というのがあり、その試験の答案用紙にかの小説を引用して「橋とは何か」みたいな小論文を私は書いた。橋は川などで分断されている両側をつなぐモノだが、心をつなぐことがもっと大切で、橋がある社会をつくるべきだという自分なりの考えを(試験問題を無視して)書いたのだ。
土木工学の堀井先生は、陽気でお酒好きで、学生たちから愛される先生だった。私の答案に対して、お前面白い奴だな、今度うちに遊びに来いと声をかけてくださった。洗足池あたりだったと思う。ご自宅を訪ねおいしいお酒とともにいろんな話をしてくれてとても楽しかったし、その上、私はその教科の単位を取得できたのであった。ずいぶん牧歌的な時代だったと思う。
さて、今回の話はバリアフリーについてである(続きは次回号に)。